実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 481】

「社会の中で活動するときには,問題が起こらないよう望んだり祈ったりしないこと。問題がないとき,私たちは傲慢になりやすい。」(『ブッダの〈今を生きる〉瞑想』,ティク・ナット・ハン,島田啓介訳,野草社)

 

○豊かで安全で便利な社会で生活していると,ついつい人生は何でも自分の思い通りになると勘違いし,期待してしまいがちですが,人生が自分の思い通りになるなどということは絶対にあり得ません。そのような甘い期待を抱いている人間は,結局は,自分の思い通りにならない人生に不平不満ばかりを募らせる結果になってしまいますし,人生が自分の思い通りにならないことの原因や責任を他者や運命に求めては,他者を恨み,他者を責め立て,運命を呪い,不運を嘆き悲しむような,被害感ばかりの強い他罰的(他責的)な人間になってしまいます。社会がどれだけ豊かで安全で便利になろうとも,人生はままならず,ままならないのが人生なのですから,人生は何でも自分の思い通りになるなどという甘い期待は抱かないようにしたいものです。人生はままならないものであるという事実をあるがままに受け入れることさえできるなら,人生に不平不満を募らせたり,他者を恨んだり,運命を呪ったりすることも少なくなるでしょうし,むしろ,豊かで安全で便利な社会で生活できることの有り難さにも改めて気づくことができ,感謝する気持ちを忘れずに,心穏やかに人生を送れるようになるのではないでしょうか。(2021年7月6日)(1)(4)(6)関連