実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 482】

「近代世界の発展のなかで,日々の暮らしとともにある地味でひかえ目な幸福が外からの政治的・経済的・文化的な力によって揺さぶられ,それと並行して,進歩につきものの努力と緊張と忍耐にこそ生の充実を感じる心性が,幸福の基調をなす,ゆったりとした穏やかな心境を掘りくずそうとする」(『幸福とは何か』,長谷川宏中央公論新社

 

○人生の至る所に転がっている「小さな幸せ」では満足できず,人が羨むような「大きな幸せ(社会的な成功)」を追い求めるようになることが,果たして人間としての進歩・発展・向上と言えるでしょうか。欲望(の肥大化)を焚(た)き付けられ,競争心を煽(あお)り立てられた挙げ句,心の平安を失い,心の目を曇らせ,本当に大切なものが分からなくなり,見えなくなってしまっているだけなのではないでしょうか。それは,進歩・発展・向上というよりは,むしろ,人間としての退歩・衰退・堕落なのではないでしょうか。メディアなどに踊らされることなく,強い意志を持って自分の欲望に打ち克ち,心の平安や曇りのない眼を取り戻すことによって,「大きな幸せ」に対する執着から解放されるとともに(社会的な成功を手に入れなければ幸せにはなれないなどという迷信から目を覚ますとともに),いま自分の目の前にある「小さな幸せ」こそが真の幸せであるということに気づけるようになりたいものです。(2021年7月8日)(1)(4)(6)(7)(8)(10)(14)(20)関連