実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 737】

「成功から見離された無為は,最も毒のある羨望ややっかみの土壌となり,自分自身を肯定することができないために,自分以外のすべての人の没落を望むことになる。(セネカ)」,「他人の成功に対する不満と,自分の成功への絶望から,ついには運命に対する憤怒が生じてくるのです。(セネカ)」(『ローマの哲人 セネカの言葉』,中野孝次岩波書店

 

○不平不満を募らせ,あるいは,失意失望の淵(ふち)に沈み,自分は不幸であると思い込んでいる人間は,他者の幸せを妬みやすく,他者をも自分と同じような不幸な状況に巻き込もうとしがちです。他者の幸せを願ったり,喜んだりすることができず,他者の不幸をこそ願い,喜びがちです。また,自分が不幸であることの原因や責任を境遇や運命に求めては,境遇や運命を呪ったり,恵まれない境遇や不運を嘆き悲しんだりするだけの人生を送ることになってしまいがちです。そのような人間にならないようにするためにも,そのような人生を送らないようにするためにも,人間の幸不幸を決めるのは,最終的には境遇や運命ではなく自分の心の持ち方であるということを正しく認識した上で,他者の幸せを妬んだり,他者の不幸を願ったり,境遇や運命を呪ったりすることにではなく,自分の心の持ち方を改め(自分が今ここでこうして生きていられることの有り難さに改めて深く思いを致し,心から感謝できるようになることなどを通じて),自分は不幸であるという思い込みから目を覚ますことにこそ,限りある大切な時間やエネルギーを使いたいものです。(2)(3)(4)(6)(7)(10)(15)(18)関連