実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 742】

「いくら外が変ってよくなったところで,自分という者が変らなければ,真の幸福にはたっせられない」(『ローマの哲人 セネカの言葉』,中野孝次岩波書店

 

○不平不満を募らせ,あるいは,失意失望の淵(ふち)に沈み,自分は不幸であると思い込んでいる人間は,自分が不幸であることの原因や責任を他者や社会に(あるいは,境遇や運命に)求めがちですが,そのような他罰的・他責的な傾向が改まらない限り,いくら他者や社会がより善いものに変わったところとで(いくら境遇や幸運に恵まれるようになったところで),不幸な状況から抜け出すことはなかなかできないものです。人間の幸不幸は,最終的には本人の心の持ち方次第なのであり,不幸な状況から抜け出すためには,何よりも自分の心の持ち方を変える必要がありますが,他罰的・他責的な傾向の強い人は,変わるべきは他者や社会であるとの考えが強すぎて,なかなか自分を変えようとはしないからです。不幸な状況から抜け出したいと本気で願うのであれば,自分が不幸であることの原因や責任は自分にある(自分にもある)と考えを改めた上で,他者や社会を恨んだり,責め立てたりすることにではなく(恵まれない境遇や不運を呪ったり,嘆き悲しんだりすることにではなく),自分の心の持ち方を変えることにこそ,気持ちを集中し,全力を注ぐべきなのではないでしょうか。(3)(7)(15)関連