実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 403】

「私がしばらく前から感じているのは,日本の社会が不寛容の度を増してきている,ということである。平等,平等と唱えながら,絶えず他人と自分とを比較する比較地獄,嫉妬地獄に陥っているのではないか。そして,恵まれていると感じる人々に何かがあると,いっせいに攻撃を加える。」(『老と孤独の作法』,山折哲雄中央公論新社

 

○自分の人生に満足することができず,自分は不幸であると思い込んでいる人間は,幸せそうに見える他者を妬みやすく(「隣の芝生は青い」と言うように,そもそも,他者は自分より幸せそうに見えるものですが。),そのような他者の足を引っ張ろうとしたり,そのような他者をも不幸な状況に巻き込もうとしがちです。より具体的には,そのような他者の失敗や過ちを決して許そうとはせず,どのような小さな失敗や過ちに対しても,自分のことは棚に上げたまま,罵詈(ばり)雑言を浴びせたり,誹謗(ひぼう)中傷したり,正義を振りかざして不寛容に責め立てたりしがちです。したがって,自分は不幸であると思い込んでいる人間が増えれば増えるほど,世の中は不寛容でとげとげしく殺伐とした暮らしにくい(生きづらい)ものになっていきます。世の中をもっと寛容で和気あいあいとした暮らしやすいものにするためにも,一人でも多くの人間が自分の人生に満足し,自分は幸せであると思えるように(感じられるように),自分にできる限りの支援や協力をしたいものです。(2021年4月13日)(3)(17)(18)関連