実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 698】

「自然の要求にはおのずからなる限界がある。喉が渇けば水を飲むが,一定の量以上に飲むことはない。だが人間の欲望には限りがなく,物でも金でも持つが上に持とうとし,自然の限度を飛びこえて果てしがない。」(『ローマの哲人 セネカの言葉』,中野孝次岩波書店

 

○人間の欲望は,必ずしも本能に基づくものではないだけに,限りがなく,放って置けばどこまでの肥大化していきます。実際,例えば,喉の渇きは水を飲むことによって簡単に癒されますが,金銭欲や物欲などは,とどまる所を知らず,たとえどれだけ多くの金銭や物を手に入れたところで,満ち足りるということがありません。しかし,「起きて半畳寝て一畳」とも言うように,贅沢(ぜいたく)さえ言わなければ,私たちが生きていくのに必要な金銭や物など,本当は高が知れているのではないでしょうか。必要以上を望めば切りがなく,欲張り続ける限り,私たちは,死ぬ瞬間まで,常に不満を抱えたまま自分の欲望に追い立てられ,振り回され続けることになってしまいます。自分の欲望の奴隷であることから解放されるためにも,必要以上に欲張ることをやめ,たとえそれが必要最小限の金銭や物であったとしても,自分が持っている(自分に与えられている)金銭や物だけで満足できるようになりたいものです。(4)(6)(20)関連