実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 693】

「これはまたエピクロスの言葉ですが,「自然に従って生きれば,君は決して貧しくはならない。世俗の欲望に生きていたら,決して豊かにならない」という。自然の要求は僅かですが,世俗の欲望には限りがないからです。(セネカ)」(『ローマの哲人 セネカの言葉』,中野孝次岩波書店

 

○欲望は生の証(あかし)であり,欲望を満たそうとすることは,生き物にとって自然なことです。しかし,人間の欲望は,苦しみや悲しみの種でもあります。人間の欲望は,必ずしも本能に基づくものではないだけに,放って置けばどこまでも肥大化していくからです。実際,私たちは,自分の欲望に強い意志を持って意識的にブレーキを掛けない限り,たとえどれだけ多くの物(必要以上の物)を持っていたとしても,満ち足りるということがありません。常に不満を抱えたまま心貧しく,死ぬ瞬間まで,自分の欲望に追い立てられ,振り回される形で,より多くの物を追い求め続けることになってしまいます。他方,自分の欲望にブレーキを掛けることさえできれば,たとえ必要最小限の物しか持っていなかったとしても,満足することが可能になります。常に満ち足りた気持ちで心豊かに幸せな人生を送りたいと願うのであれば,私たちは,必要以上に欲張ることなく,たとえそれが必要最小限の物であったとしても,自分が持っている物(自分に与えられた物)だけで満足できるように,自分の欲望にブレーキを掛けられるようになる必要があるのではないでしょうか。(4)(6)関連