実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 176】

「(ブッダは,自分の教えは)自分が努力して発見した単純明快な真理であり,自分より前に多くの人が同じことを発見しており,自分より後にも多くの人が同じことを発見するだろう,と言っている。真理を独り占めにする気など全くなかったのである。」(『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』,ウィリアム・ハート,太田陽太郎訳,春秋社)

 

◯真理は人類の共有財産なのであり,他者より先に発見した(気づいた)からといって,その真理を独り占めすることなどできません。そもそも,他者より先に発見したと思っているのは本人だけで,その真理は実は大昔から気づかれていた,という可能性の方が高いのではないでしょうか。真理はいつでも私たちの目の前に単純明快な形で明示されているにもかかわらず,私たちはその大切さになかなか気づくことができない,というだけの話なのかも知れません。慢心し,何でも分かったつもりになってしまうのではなく,何歳になっても謙虚さを失うことなく,自分の無知を自覚しての真摯に学ぶ姿勢,真剣に真理を追い求める姿勢を保ち続けたいものです。(2020年8月13日)(前書き)(12)(後書き)関連