「「何でも思いよう一つだ」というのが,(高田屋)嘉兵衛たち江戸期の庶民の処世哲学でもあった。」(『菜の花の沖』,司馬遼太郎,文藝春秋)
○人間の幸不幸を最終的に決めるのは,境遇や運命ではなく,心の持ち方です。その境遇や運命をどのように受け止めるのか,その境遇や運命をどのような心構えや心がけで生きていくのかということです。実際,同じような境遇にありながら,その境遇に満足し,感謝する気持ちを忘れることなく,常に満ち足りた気持ちで機嫌よく笑顔で暮らしている人もいれば,その境遇に満足できず,感謝する気持ちを忘れ,常に不満を抱えながら不機嫌にしかめっ面で暮らしている人もいます。人間の幸不幸は心の持ち方次第なのですから,恵まれない境遇や不運を呪ったり,嘆き悲しんだりするのは,単なる時間やエネルギーの無駄遣いです。そんなことをしている暇があるのなら,たとえどのような逆境にあったとしても,たとえどのような不運に見舞われたとしても常に幸せであり続けられるように,自分の心の持ち方を変えることにこそ限りある大切な時間やエネルギーを使うべきであると思います。心の持ち方を変え,「生きてるだけで丸儲(まるもう)け」(さんま)と心の底から思えるようになるなら,私たちはきっと,江戸時代の庶民のように,たとえどのような困難や苦労に見舞われたとしても,生きている限りは幸せであり続けることが可能になるはずです。(前書き)(7)(9)(15)関連