実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 448】

「運命は神の考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。(夏目漱石)」(『教養が滲み出る 極上の名言1300』,斎藤茂太監修,日本文芸社

 

○運命を自分の思い通りにすることなど誰にもできません。したがって,私たちは,どのような不運も黙って受け入れるしかありません。不運をいくら嘆き悲しんだところで,事態は何も変わらず,得することなど何もないからです(嘆き悲しみ続けることで,損することはたくさんあると思います。)。ただし,不運を受け入れることと不幸であることは,まったく別のことです。人間の幸不幸は,運命によって決まるのではなく,自分の心の持ち方次第だからです。生きているということは,よくよく考えてみれば一つの奇跡です。私たちは,心の目を曇らせさえしなければ,どのような不運に見舞われようとも,不運を補って余りあるほどの生きる喜びや幸せを人生に見いだすことが可能なのではないでしょうか。そして,人生に無限とも言える生きる喜びや幸せを見いだすことができ,ひいては,生きていることそれ自体に幸せを感じることができるなら,私たちはどのような逆境にあろうとも,幸せであり続けることができるのではないでしょうか。不運を嘆き悲しむのではなく,自分が今ここでこうして生きていられることの有り難さに深く思いを致し,心から感謝できるようになること,そして,そのことを通じて生きていることそれ自体に幸せを感じられるようになることにこそ,限られた大切な時間やエネルギーを使いたいものです。(2021年6月2日)(前書き)(1)(4)(6)(7)(9)(15)関連