実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【幸せに関する名言 63】

「私がひそかに自分のことを幸せだと思うことがあるのは,かつての最低の暮しの実感が,少しも薄らぐことなく自分の中に残っていることだ。そのために幸福感の要求水準が,かなり低く設定されている感じがある。大袈裟に聞こえるかもしれないが,自宅のトイレにいくらでも気のすむまで坐っていていいという事だけでも,幸せを感じてしまう。」(『幸福論の周辺』(『文藝春秋 新幸福論 本当の幸せとは?』所収),五木寛之文藝春秋

 

◯要求水準の高い人は,総じて満たされることが少なく,幸せであることが難しいかもしれない。逆に,要求水準の低い人は,「少欲知足」とも言うように,総じて満たされることが多く,幸せであることがより容易かもしれない。しかし,幸せであることと不幸せであることとの分かれ道は,要求水準の高低というよりは,そもそも何を欲し,何を求めるのか,というところにあるような気もする。(2019年6月15日)

 

【幸せであるための方法】 - 幸せであるために