「震災の直後,人びとは,少し変わったように見えた。目が覚めた,まったくどうしようもない社会だったんだ,といい合ったりしていた。おれたちは,欲に目がくらんでいたんじゃないか,とも。そう,人も社会も,震災をきっかけにして変わるような気がしていた。/だが,何も変わらなかった。時がたつと,人びとは,自分がしゃべっていたことをすっかり忘れてしまったのだ。」(『方丈記(日本文学全集07所収)』,高橋源一郎訳,河出書房新社)
○私たちは,危機的な状況に直面すると,他者と支え合い,助け合うことの大切さに目覚め,それまでの利己的な(私利私欲に走るような)生き方を大いに反省しますが,危機的な状況が解消されてしまえば,人間は独りでは生きていられないという事実をすぐに忘れ,利己的な生き方に逆戻りしてしまいます。しかし,危機的な状況にあろうとなかろうと,人間は独りでは生きていられないという事実に変わりはないのですから(例えば,生きていくのに欠かせない衣・食・住のどれ一つを取っても,完全に自給自足できている人などいないのではないでしょうか。),私たちは本来,他者と足を引っ張り合ったり,パイを奪い合ったりするような利己的な生き方ではなく,他者と仲良く助け合ったり,生きる喜びや幸せを分かち合ったりするような,多少なりとも利他的な生き方をこそ心がけ,目指すべきなのではないでしょうか。私たちは,他者と支え合い,助け合ってこそ生きていられるのであり,その意味で私たちと他者は本来一体なのですから,「情けは人の為(ため)ならず」とも言うように,他者を大切にし,他者を益する行動は,回り回っていつかは必ず自分を大切にし,自分を益することにつながってくるはずです。逆に,「人を呪わば穴二つ」とも言うように,他者を蔑(ないがし)ろにし,他者を害する行動は,回り回っていつかは必ず自分を蔑ろにし,自分を害することにつながってくるはずです。(11)(19)関連