実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることができるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

真の幸せは,普通の生活に生きる喜びや幸せを感じられるようになることの中にある。

 「地獄の沙汰も金次第」とは言いますが,拝金主義に染まれば,物事はすべて金銭的な価値によって評価されるようになってしまいます。お金をたくさん稼ぐ人や経済的に豊かな人だけが価値のある偉い人(お金をたくさん稼げない人や経済的に貧しい人は価値のない駄目な人)ということになってしまいます。お金を手に入れることが人生の主たる目的になり,私たちは金の亡者になってしまいます。お金に目を暗ませて平気で道を踏み外すようにってしまう危険性さえあります。そして,金銭以外の価値を見失えば,人間の真の価値や偉さが分からなくなってしまうとともに(人間は生きているというだけで十分に価値があるのであり,稼ぐお金がどれだけ少なくても,仕事などを通じて自分を人間的に成長(成熟)・向上させつつ他者や社会の役に立つことができているのなら,あるいは,お金など稼がなくても,自分に与えられた使命や役割を自分なりに果たしているのなら,その人は間違いなく価値のある偉い人です。),普通のつましい生活に生きる喜びや幸せを感じたり,生きていることそれ自体に大きな価値を見いだしたりすることができなくなってしまいます。しかし,普通のつましい生活に生きる喜びや幸せを感じられるようになることの中にこそ,生きていることそれ自体に大きな価値を見いだせるようになることの中にこそ,真の幸せは存在するのではないでしょうか。