実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 734】

「人間とはたいていの場合,それがどんな悪党でも,わたしたちが一概に決めつけるよりはるかに素朴で純真である。わたしたち自身からしてそうではないか。」(『カラマーゾフの兄弟1』,ドストエフスキー亀山郁夫訳,光文社)

 

○どんな善人の心の中にも悪人は住んでいますし,どんな悪人の心の中にも善人は住んでいます。それは,自分自身を振り返れば簡単に分かることです。しかし,他者の心の中に住む悪人にしか目を向けなければ,その他者は,悪人としてしか私たちの目の前に立ち現れてくることができなくなってしまいます(私たちもきっと,周囲からそのような目を向けられ続ければ,善人として振る舞い続けることが馬鹿らしくなり,悪人として振る舞うことによって周囲に仕返しをしたくなってしまうのではないでしょうか。)。逆に,他者の心の中に住む善人に目を向け続け,その善人を呼び覚ますことができるなら,その他者は,たとえそれまでは悪人として振る舞い続けていたとして,善人として私たちの目の前に立ち現れてくることが可能になります。悪人だらけの世の中で暮らしたくない,また,自らもこの世の中で善人として暮らしたいと願うのであれば,私たちはお互いに,相手の心の中に住む悪人にばかり目を向け,相手をすぐに嫌いになってしまうのではなく,相手の心の中に住む善人にこそ積極的に目を向け,相手をできる限り好きになるように心がけるべきなのではないでしょうか。(17)関連