「人間とはたいていの場合,それがどんな悪党でも,わたしたちが一概に決めつけるよりはるかに素朴で純真である。わたしたち自身からしてそうではないか。」(『カラマーゾフの兄弟1』,ドストエフスキー,亀山郁夫訳,光文社)
○どんな善人の心の中にも悪人は住んでいますし,どんな悪人の心の中にも善人は住んでいます。それは,自分自身を振り返れば簡単に分かることです。しかし,他者の心の中に住む悪人にしか目を向けなければ,その他者は,悪人としてしか私たちの目の前に立ち現れてくることができなくなってしまいます(私たちもきっと,周囲からそのような目を向けられ続ければ,善人として振る舞い続けることが馬鹿らしくなり,悪人として振る舞うことによって周囲に仕返しをしたくなってしまうのではないでしょうか。)。逆に,他者の心の中に住む善人に目を向け続け,その善人を呼び覚ますことができるなら,その他者は,たとえそれまでは悪人として振る舞い続けていたとして,善人として私たちの目の前に立ち現れてくることが可能になります。悪人だらけの世の中で暮らしたくない,また,自らもこの世の中で善人として暮らしたいと願うのであれば,私たちはお互いに,相手の心の中に住む悪人にばかり目を向け,相手をすぐに嫌いになってしまうのではなく,相手の心の中に住む善人にこそ積極的に目を向け,相手をできる限り好きになるように心がけるべきなのではないでしょうか。(17)関連