実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることができるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 861】

「明らかに,人間は天使ではない。人間は複雑な生き物で,良い面もあれば,良くない面もある。問題は,どちらを選択するかだ。」(『希望の歴史』,ルトガー・ブレグマン,野中香方子訳,文藝春秋

 

○生まれ付きの善人,生まれ付きの悪人などというものはいませんし,完全な善人,完全な悪人などというものもいません。例外なく,誰の心の中にも善人と悪人が同居しています。善人を前面に押し出し,善人として振る舞い続けるなら,その人は善人と呼ばれ,悪人を前面に押し出し,悪人として振る舞い続けるなら,その人は悪人と呼ばれるというだけの話です。どうせなら,善人として生きるべきであると思いますし(悪人として生きるより,善人として生きる方が,トータルとして得であり,幸せであると思うからです。),他者との関係においては,相手の心の中に住む悪人にではなく,善人にこそ積極的かつ意識的に目を向けるようにすべきであると思います。「人を見たら泥棒と思え」ではなく,「渡る世間に鬼はなし」と思いながら生きるべきであると思います。なぜなら,相手の心の中に住む悪人にしか目を向けなければ,その相手は悪人としてしか私たちの目の前に立ち現れてくることができなくなり(相手から悪人扱いされながら善人として振る舞い続けることは,誰にとっても困難なことです。),結果的に,私たちは悪人だらけの世の中で生きていかざるを得なくなってしまうからです。(9)(17)関連