実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 749】

「この世には,とんでもなく賢い人も,とんでもなく愚かな人もじつはいないのではないでしょうか。そして,とんでもない悪人も,とんでもない善人もじつはいない。みんな,そこそこに賢くて,そこそこに愚かで,そこそこに善良で,そこそこにずる賢い。要するに,みんな,チョボチョボなのです。」(『人生の教養が身につく名言集』,出口治明三笠書房

 

○私たちは,自分と他者を比較しやすく,他者との勝負にこだわりがちですが,他者との勝負など,しょせんは「団栗(どんぐり)の背比べ」であるに過ぎません。そもそも,私たちは他者の支えや助けがなければ生きていられず,その意味で,私たちと他者は一体なのですから(持ちつ持たれつの相互依存関係にあるわけですから),本来は勝ちも負けもないはずです。また,この世の中に,生まれ付きの善人,生まれ付きの悪人などというものは存在しませんし,完全な善人,完全な悪人などというものも存在しません。どのような善人の心の中にも悪人は住んでいますし,どのような悪人の心の中にも善人は住んでいます。善人の真似(まね)をして,善人として振る舞い続ければ,その人は善人と呼ばれ,悪人の真似をして悪人として振る舞い続ければ,その人は悪人と呼ばれるというだけのことです。他者との間に良好な人間関係を築きたいと願うのであれば,私たちはお互いに,相手の心の中に住む悪人にばかり目を向け,相手をすぐに嫌いになってしまうのではなく,相手の心の中に住む善人にこそ目を向け,できる限り相手を好きになるように心がける必要があるのではないでしょうか。自分が相手のことを嫌いになれば,その相手も自分のことを嫌いになるのが(自分が相手のことを好きになれば,その相手も自分のことを好きになってくれるのが)普通なのですから。(3)(4)(14)(17)(18)関連