実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 214】

「他人の不名誉のなかに,自分の名誉を求めるな。(『タルムード』)」(『文読む月日(中)』,トルストイ,北御門二郎訳,筑摩書房

 

◯他者の失敗や過ちを厳しく不寛容に責め立てることは,ある種の人間にとっては,自分が偉くなったように感じられて快感なのかも知しれません。しかし,そもそも愛情に基づかない言葉は相手の心には届きませんし,厳しく不寛容に責め立てるだけでは相手の成長や更生にもつながりません(むしろ,反感や反発を生じさせ,成長や更生を困難にさせてしまうのではないでしょうか。)。人間が犯す失敗や過ちは,誰もが犯す可能性のあるものばかりです。他者が失敗や過ちを犯したからといって,鬼の首を取ったように厳しく不寛容に責め立てるのではなく,「罪を憎んで人を憎まず」という寛容の精神で,同じ人間としてできる限り共感的に向き合い,相手の成長や更生につながるような支援や協力を行うことをこそ心がけたいものです。(2020年9月20日)(3)(17)関連