「「人間ほど尊く美しく,清らかでたのもしいものはない」と去定は云った,「だがまた人間ほど卑しく汚らわしく,愚鈍で邪悪で貪欲でいやらしいものもない」」(「赤ひげ診療譚」(『決定版 山本周五郎全集』所収),近代日本文学電子叢書)
○この世の中に,完全な善人,完全な悪人などというものは存在しません。どんな善人の中にも悪人が住んでいますし,どんな悪人の中にも善人が住んでいます。しかし,私たちが他者の心の中に住む悪人にしか目を向けなければ,その他者は私たちの目の前に悪人としてしか立ち現れてくることができなくなってしまいます。私たちも,周囲の人間からそのような目を向けられ続ければ,善人として振る舞い続けることは難しいのではないでしょうか。逆に,私たちが他者の心の中に住む善人に目を向け続けるなら(そして,善人を呼び覚ますことができるなら),たとえそれまでは悪人として振る舞い続けてきた人間であったとしても,その他者は私たちの目の前に善人として立ち現れてくることが可能になります。したがって,悪人だらけの世の中で暮らしたくない,自分もこの世の中で善人として暮らしたいと望むのであれば,私たちはお互いに,他者の心の中に住む悪人にではなく,善人にこそ意識的かつ積極的に目を向ける必要があるのではないでしょうか。そもそも,私たちは他者の支えや助けがなければ生きていられないのですから,他者に対する信頼を失えば,その時点で人生は終了してしまいます。(9)(11)(17)関連