実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 905】

「人を裁くな,そうすれば裁きを受けることはない。(「マタイによる福音書」)」(『世界ことわざ名言辞典』,モーリス・マルー編,田辺貞之助監修,島津智編訳,講談社

 

○失敗や過ちを犯さない人間はいませんし,人間が犯す失敗や過ちのほとんどは,誰もが犯す可能性のあるものばかりです。したがって,失敗や過ちを犯した人間を見下したり,嘲笑したり,正義を振りかざして不寛容に責め立てたりするということは,いつか自分も他者から見下されたり,嘲笑されたり,正義を振りかざして不寛容に責め立てられたりするということに他なりません。この世の中をと殺伐とした暮らしにくいものにしないためにも,この世の中を和気藹々(わきあいあい)とした暮らしやすいものにするためにも,私たちは他者に対して寛容であるべきなのではないでしょうか。同じ(同じような失敗や過ちを犯す可能性のある)人間同士なのですから,どのような状況にあっても,「罪を憎んで人を憎まず」,「正しいことを言うときは/少しひかえめにするほうがいい」(吉野弘)という精神・姿勢を忘れないようにしたいものです。(3)(17)関連