実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 678】

「死は,われわれが生れて来る以前にそこに在ったあの安らぎの地へ,われわれを連れ戻すのです。・・・死は善でも悪でもない。善であるか悪であるかということを超えた何かなのです。(セネカ)」(『ローマの哲人 セネカの言葉』,中野孝次岩波書店

 

○何事にも一長一短があります。肯定的な側面と否定的な側面が共存しています。例えば,老いることや,病気になることや,死ぬことにさえ,肯定的な側面はあります。私たちは,老いることによって様々な執着や不平不満などから解放され,曇りのない眼や心の平安を取り戻すことができます。また,私たちは,病気になることによって,健康の,あるいは,生きていることの有り難さを痛感し,健康でいられるだけでも,あるいは,生きていられるだけでも人生に満足できるようになります。すなわち,病気によって小欲知足を学ぶことができます。さらに,人間の致死率は100パーセントであり,私たちはいつか必ず死にますが,死があるからこそ生きる喜びがあり,生きる喜びがあるからこそ,自分が今ここでこうして生きていられることや自分がこの世の中に生まれてこれたことに,感謝したり,幸せを感じたりすることができるのではないでしょうか。もちろん,誰も本物の死を体験したことがない以上,死を否定的・悲劇的なものとして捉えること自体が間違っている可能性もありますが。(1)(2)(6)(7)(8)(9)(17)関連