実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 655】

「賢い人を幸福にするにはほとんど何も要らないが,愚か者を満足させられるものは何もない。(ラ・ロシュフコー)」(『欲望について』,ウィリアム・B・アーヴァイン,竹内和世訳,白揚社

 

○賢い人は足るを知っており,決して欲張ることをしません。したがって,たとえそれが必要最小限の物であったとしても,自分が持っている物だけで満足することができ,また,たとえどのような逆境にあろうとも,常に満ち足りた気持ちで幸福な人生を送ることができます。他方,愚か者は足るを知らず,決して欲張ることをやめようとしません。したがって,たとえどれだけ多くの物を持っていたとしても,自分が持っている物だけでは満足することができず,死ぬ瞬間まで,より多くの物を(必要以上の物まで)追い求め続け,また,たとえどのような順境にあろうとも,常に不満を抱え続け,挙げ句の果てには,自分は不幸であるなどと思い込むようになってしまいます。どちらの生き方を選ぶかは,最終的には私たちの自由です(要するに,賢い選択をする人は賢い人と呼ばれ,愚かな選択をする人は愚か者と呼ばれるということです。)。他者を敵と見なして競い合い,財産や地位や権力や名声などを手に入れなければ幸せになれないなどというデマを鵜呑(うの)みにしたり,そのようなデマに踊らされたりすることなく(愚かな選択をすることなく),是非とも賢い選択をしたいものです。(前書き)(4)(6)(10)関連