実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 自戒の念を込め,どのようにすれば真に人間らしく(自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な),生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送れるのかということについて,あるいは,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であるということについて,様々な名言などをヒントにしつつ(それらに含まれている人生の真理を私なりに理解しつつ),できる限り分かりやすく筋道立てて説明していきたいと思います。皆様が実り多い幸せな人生を送る上において,多少なりともお役に立てれば幸いです。               皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

他者と仲良く助け合い,幸せを分かち合うためには,自分を大切にすることなどに加え,まずは自分自身が幸せであるということが重要である。

 私たちは,どのようにすれば他者と仲良く助け合い,幸せを分かち合うことができるのでしょうか。

 そもそも,私たちは,自分を大切にできるからこそ他者を大切にできるのであり,自分を信じられるからこそ他者を信じられるのであり,自分を理解(内省)できるからこそ他者を理解(共感)できるのであり,自分と折り合えるからこそ他者と折り合えるのであり,自分自身が幸せであるからこそ,自分の幸せのみならず,他者の幸せをも願い,喜び(他者の不幸を悲しみ),自分の幸せを他者と分かち合うことができるのではないでしょうか。したがって,他者と仲良く助け合い,幸せを分かち合うためには,自分を大切にし,自分を信じ,自分を理解し,自分と折り合うとともに,まずは自分自身が幸せであるということが重要であると思います。

 世の中には,自分の幸せを犠牲にしてでも他者の幸せのために何かをしたいと考える人もいるかも知れませんが,自分を大切にできない人が本当の意味で他者を大切にできるとは思えません。一見自己犠牲的に見える行動の裏には,何らかの見返り(例えば,相手からの感謝や世間からの称賛など)を求める気持ちが隠されていることが多いものですし,その行動が,たとえ何ら見返りを求めないものであったとしても,他者の幸せを犠牲することで幸せになれた人は,そのことを本当に心の底から喜べるでしょうか(改めて言うまでもなく,子供の幸せは親の幸せでもあるわけですから,子供の幸せを願って無償で行われる親の行動は,自己犠牲的な行動には該当しません。)。

 自分が幸せであることと利己的であることは(他者のために自分の幸せを犠牲にすることと利他的であることは),まったく別のことです。幸せであることに人数制限などなく,心の持ち方次第で誰でも幸せになれるのですから,誰かが幸せになるために他の誰かが自分の幸せを犠牲にする必要などまったくなく,他者の幸せを本気で願うのであれば,自分の幸せを犠牲にしてでも他者を幸せにしたいなどと考えたり,行動したりすべきではないと思います。そのような恩着せがましい考えや行動は,相手にとっては大きな重荷であり,実際は迷惑なだけかも知れません。