実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 554】

「偉大なものをどんどん引きずり下ろしていこうという澱(よど)んだ空気,大衆の嫉妬(しっと)の海が広がっているように思えてならない。」(『座右のゲーテ』,齋藤孝,光文社)

 

○自分は不幸であると思い込んでいる人間は,自分と他者を比較しては幸せそうな他者(特に,社会的な成功を手に入れているように見える他者)を妬みやすく,また,自分が不幸であることの原因や責任を他者に求めては勝手に被害感を募らせて他者を恨みがちです。そして,場合によっては,他者をも不幸な状況に巻き込もうとして,他者の足を引っ張ろうとしたり,他者に直接的に危害を加え,損害を与えようとしたりすることさえあります。したがって,自分は不幸であると思い込んでいる人間が増えれば増えるほど,社会は不寛容でとげとげしく殺伐とした暮らしにくいものになっていきます。社会を寛容で和気藹々(わきあいあい)とした潤いや温かみのある暮らしやすいものにするためにも,私たちは幸せであるべきなのではないでしょうか。自分が今ここでこうして生きていられることを当たり前と思うのではなく,その有り難さに深く思いを致し,心から感謝する習慣を身に付けるなどして,自分は不幸であるなどという思い込みから目を覚ますとともに,生きていることそれ自体に幸せを感じられるようになりたいものです。(3)(6)(7)関連