実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 356】

「聖者はこのような人であると知れ。かれは何ものをも所有せず,欲望の生存に執著していない。(ブッダ)」(『原始仏典』,中村元筑摩書房

 

○人間の欲望は,必ずしも本能に基づくものではないだけに切りがなく,欲望(欲望の充足)に執着する限り,いつまでたっても満ち足りるということはありません。どれだけ多くの物を持っていたとしても,心は満足せず,常に不満を抱えたまま,より多くの物を求め続ける結果になってしまいます。そして,挙げ句の果てには,不平不満,妬みそねみ,恨みつらみ,失意失望,自暴自棄といった心理状態に自分を追い込み,自分は不幸であると思い込むようになってしまいます(自分は不幸であると思い込むようになるということは,不幸になるということと同じことです。)。私たちは,本当は生きているというだけですでに十分に幸せなのに(生きているということは一つの奇跡であり,心から感謝すべきことなのではないでしょうか。),心の目を曇らせることによって,そのことが分からなくなってしまいます。曇りのない眼を取り戻し,自分が幸せであることに気づき,自分は幸せであると感じられるようになるためには,強い意志を持って欲望に対する執着を捨て,自分が持っている物だけで(たとえそれが必要最小限の物であったとしても)満足できるようになる必要があるのではないでしょうか。(2021年2月19日)(1)(4)(6)関連