実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 760】

「悪人よりはるかに恐ろしいのは,「善人」です。/本人としては100%善意でやっているつもりですから,何を言っても聞く耳をもってもらえない。」(『人生の教養が身につく名言集』,出口治明三笠書房

 

○独り善がりな善意(熱意)ほど怖いものはありません。なぜなら,独り善がりな善意に基づく行動は,たとえそれが間違った行動であったとしても,自分は善いことをしているという意識が強すぎるため,当事者がその間違いに気づくことが難しく,したがって,ブレーキが掛かりにくく(善意に基づくだけに他者も意見を言いにくく,たとえ言ったとしても,なかなか聞き入れてもらえず),無反省に何度も繰り返されてしまったり,どこまでもエスカレートしてしまったりする危険性が高いからです(悪意に基づく行動であれば,自分は悪いことをしている,自分の行動は間違っているという自覚がどこかにあるため,何らかの形でブレーキが働くものです。)。善行は,もちろん進んで行うべきことですし,他者や社会から評価されてしかるべきことであるとは思いますが,何か善行を行う際には,自分が独善に陥っている可能性について徹底的に内省した上で,また,それが間違った行動である可能性があることを十分に認識した上で,自分の行動がどのような結果を招いているかということを注意深く見守り,見届けつつ,できる限り慎重に行うことを心がけたいものです。(12)関連