実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 752】

「意見が変わらないのは,ばかと死人だけだ。(J・R・ローウェル)」(『世界ことわざ名言辞典』,モーリス・マルー編,田辺貞之助監修,島津智編訳,講談社

 

○完璧な人間などいません。人間は誰もが,多かれ少なかれ失敗や過ちを犯すものです。「過ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」,「過ちて改めざる是(これ)を過ちという」などとも言うように,大切なことは,自分が犯した失敗や過ちを素直に認め,それらから学ぶべきことを十分に学べるだけの(経験を十分に消化し,認識にまで高めるとともに,改めるべき点があれば,それをしっかり改められるだけの)謙虚さや柔軟性を持ち続けるということなのではないでしょうか。また,人間が犯す失敗や過ちは,誰もが犯す可能性のあるものばかりです。たとえ他者が失敗や過ちを犯したとしても,見下したり,嘲笑したり,鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てたり,正義を振りかざして不寛容に責め立てたりするのではなく,同じ人間同士として常に共感的に,できる限り寛容かつ友好的な対応を心がけたいものです。他者が失敗や過ちを犯したからといって,そのことを不寛容に責め立てるということは,いつか自分も他者から不寛容に責め立てられるということに他ならないのですから。(12)(13)(17)関連