実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 757】

「反対のための反対,悪意,悪口,ただ否定することしかできないものを,ことごとく厳しく斥けなければなりません。ただの否定からは,何も生まれてこないのですから。(ゲーテ)」(『名言の智恵 人生の智恵』,谷沢永一PHP研究所

 

○他者が失敗や過ちを犯したからといって,見下したり,嘲笑したり,鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てたり,正義を振りかざして責め立てたりすることは控えたいものです。人間が犯す失敗や過ちは,そのほとんは誰もが犯す可能性のあるものばかりですので,他者を不寛容に責め立てるということは,いつか自分が他者から不寛容に責め立てられるということに他なりません。また,他者を軽んじたり,厳しく非難したりすることは,多少の憂さ晴らしにはなるでしょうし,自分が偉くなったようで気持ちがいいかも知れませんが,愛情や真心に裏打ちされていない言動は,決して相手の心には届きませんし,相手を成長させたり,更生させたりする力にはなりません。むしろ,かえって相手を意固地にさせ,素直に反省することを難しくさせてしまったり,相手を他罰的(他責的)・悲観的・自棄的にさせ,成長や更生を困難にさせてしまったりするだけです。ただの否定からは,意味のあるものは何も生まれてきませんし,私たちは他者の支えや助けがなければ生きていられず(改めて言うまでもなく,人間は孤立無援の状況では生きていられません。),その意味で,私たちと他者は本来一体なのですから,「人を呪わば穴二つ」とも言うように,他者を否定するということは,回り回っていつか必ず自分を否定するということにつながってくるはずです。同じ人間同士なのですから,他者に対しては常に共感的に,できる限り寛容かつ友好的な(相手の否定的な側面にばかり目を向けるのではなく,肯定的な側面にこそ積極的に目を向けるような)対応を心がけたいものです。(3)(5)(9)(11)(17)(19)関連