実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 632】

「本当だったらどこかの誰かが飲み屋で言っているようなことは聞こえてこないはずなのに,ネット社会では聞こえてきて,それでお互いに言い争いになったりする。」(「認知革命はゆっくりと進行した」(『『サピエンス全史』をどう読むか』所収),福岡伸一河出書房新社

 

○私たちには,自分の意見を自由に表明する権利がありますが,そこに,他者を誹謗(ひぼう)中傷したり,罵詈(ばり)雑言を浴びせたりする権利は含まれていないはずです。「口は災いの元」,「天に唾する」,「物は言いよう」などとも言います。不正確な情報に基づいて一方的に他者を否定したり,非難したりするようなことはやめたいものです。また,たとえ他者に非があったとしても,まったく非のない人間などいないのですから(人間が犯す失敗や過ちは,そのほとんどが,誰もが犯す可能性のあるものばかりです。),自分のことは棚に上げたまま,他者を見下したり,嘲笑したり,鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てたり,正義を振りかざして不寛容に責め立てたりするようなことは,極力控えるべきであると思います。他者の非を不寛容に責め立てるということは,いつか自分も他者から不寛容に責め立てられるということに他なりません。そもそも,私たちは他者と支え合い,助け合ってこそ生きていられるのであり,その意味で,私たちと他者は一体なのですから,他者に対しては,同じ人間同士として常に共感的に,「罪を憎んで人を憎まず」という精神を忘れることなく,できる限り寛容かつ友好的な対応を心がけたいものです。(3)(11)(17)関連