実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

(6)欲張ることをやめれば,満足することが可能になり,自分は不幸であるなどという思い込みから目を覚ますとともに,自分が幸せであることに気づけるようになる。

 私たちは,どのようにすれば自分が幸せであることに気づけるようになるのでしょうか。

 「足るを知る者は富む」とも言うように,自分の欲望にブレーキを掛けることさえできれば,たとえ必要最小限の物しか持っていなかったとしても,私たちは自分の人生に満足することが可能になります(持っている物が少なく,粗衣粗食の質素でつましい暮らしに慣れているからこそ,自分の欲望を抑えやすいという面もあるのかも知れませんが。)。欲望の奴隷になり,より多くの物を追い求め続けることもなくなりますし(より多くの物を手に入れなければ,心は満たされず,幸せにはなれないと勘違いし,常に無い物ねだりをするようなこともなくなりますし),自分が持っている物を失うことに対する不安からも解放され,心はかえって豊かになります。

 したがって,自分が幸せであることに気づけるようになるためには,常に小欲知足(痩せ我慢をして大きな満足を諦めるということではなく,自分が持っている物だけで何ら不満を感じることなく満足できるようになるということ)を心がけ,たとえそれが必要最小限の物であったとしても,自分が持っている物(自分に与えられている物)だけで満足できるように,自分の欲望に自分の意志でブレーキを掛けられようになる必要があるのではないでしょうか(質素でつましい暮らしは,その価値を得心できないまま他者に強制されれば,ただの貧しくて惨めな生活かも知れませんが,足るを知る人が,その価値を十分に納得した上で自分の自由意志で選択するなら,むしろ,自分が持っている物の豊かさや,自分がそれらの物を持っていることの有り難さなどを実感しやすい,心豊かで味わい深いシンプルライフになり得ます。)。

 そして,そのためにも,暖衣飽食の豊かで安全で便利な生活を享受しつつも,物事が自分の思い通りになることを当たり前と思うことなく,感謝する気持ちを忘れずに,自分が今ここでこうして生きていられることの有り難さ(より具体的には,この世の中に生まれてこれたことの有り難さ,自分の命を守り,自分が生きることを可能にしてくれている人体や自然や宇宙の神秘的とさえ言える精妙な仕組みや働きの有り難さ,自分の人生を成り立たせてくれている数知れぬ他者の直接的・間接的な支えや助けの有り難さ,人類史上最も豊かで安全で便利な社会で生活できることの有り難さなど)に常に深く思いを致し,その有り難さをしっかり心に刻み付ける必要があるのではないでしょうか(そのためには,その有り難さを痛感する体験を何度も積み重ねる必要があるのかも知れませんが。)。

 また,何を人生の最優先事項とすべきかということを真剣に考えるとともに,普通の平凡な人生の有り難さを再認識し,そのような人生を,無価値な,あるいは,価値の低い人生と見下すようなおごった物の見方を改めたり,財産や地位や権力や名声などに対する執着から解放されて他者と仲良く協力し合えるようになったり,人生は自分の思い通りになるなどといった思い上がった考えを捨て(人生を自分の思い通りにしたいなどと欲張ることなく),人生はままならないものであるという事実をあるがままに受け入れられるように(現状で満足できるように)なったりする必要があるのではないでしょうか。

 私たちは,欲張ることさえやめれば(足るを知り,欲望に対する必要以上の執着を捨て去れば),満足することが可能になり,自分は不幸であるなどという思い込みから目を覚まし,自分が幸せであることに気づけるようになるのではないでしょうか。曇りのない眼を取り戻し,やがては,生きていることそれ自体にさえ幸せを感じられるようになるのではないでしょうか。「生きてるだけで丸儲(まるもう)け」(さんま)と心の底から思えるなら,たとえどのような逆境にあろうとも,たとえどのような困難や苦労に見舞われようとも,きっと生きている限りは感謝する気持ちを忘れることなく,「日々是(これ)好日」といった心持ちで,常に満ち足りた気持ちで心安らかに(心豊かに)幸せな人生を送り続けることができるはずです。私たちは,自分が持っていない物(必要以上の物)を欲しがり,自分がそれらの物を持っていないことに不満を募らせるのではなく,自分の命なども含め,自分が持っている物(自分に与えられている物)の豊かさや,自分がそれらの物を持っていることの有り難さ(自分が今ここでこうして生きていられることことの有り難さ)に深く思いを致し,感謝する気持ちを思い出すことによって,持っている物の多寡にかかわらず(たとえ必要最小限の物しか持っていなかったとしても),自分が持っている物だけで満足できるようになる必要があるのではないでしょうか。自分が持っている物の豊かさや,自分がそれらの物を持っていることの有り難さに気づくことさえできれば,きっとそれ以上に欲張ることが恥ずかしくなるはずです。

 なお,自分が持っている物をできる限り減らして生活してみることは,自分が持っている物の有り難さを再認識したり(「すき腹にまずい物なし」とも言います。),人間が生きていくのに本当に必要な物を確認したりする上において,非常に意味のあることであると思います。しかし,それはあくまでも,感謝する気持ちを思い出したり,必要以上の物欲にブレーキを掛けられるようになったりすることにこそ大きな意味があるのであり,自分が持っている物を減らすこと自体が目的なのではありません(手段が目的化しないように留意する必要があります。)。したがって,感謝する気持ちを思い出して足るを知り,必要以上に欲張ることなく,たとえそれが必要最小限の物であったとしても,自分が持っている物だけで満足できるようになった暁には,あえて自分が持っている物を減らす必要はないのかも知れません。むしろ,自分が持っている物の有り難さに常に深く思いを致し,心から感謝しつつ,それらをできる限り有効活用することにこそ,関心を払い,力を注ぎたいものです。