実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 335】

「人間がこの世の中に,いつまでも住みおおせることのできる習わしであったとすれば,どんなにか深い情趣もないことであろう。(徒然草)」(『日本の古典をよむ14 方丈記徒然草歎異抄』,神田秀夫・永積安明・安良岡康作校訂・訳,小学館

 

○何事にも肯定的な側面はあります。物事の否定的な側面ばかりに目を向ける人は,物事の肯定的な側面ばかりに目を向ける人と同じく,著しく公平性(公正性)を欠いていると言えるのではないでしょうか。例えば,人間は必ず死にますが(人間の致死率は100パーセントですが),死ぬことにさえ肯定的な側面はあると思います。死があるからこそ生きる喜びがあるのであり,生きる喜びがあるからこそ私たちは,自分が今ここでこうして生きていられることの有り難さに感謝したり,生きていることやこの世の中に生まれてきたことに幸せを感じたりすることができるのではないでしょうか。もちろん,死自体についても,それが否定的なものとは限らないわけですから(誰も経験したことがなく,死が否定的なものであるか肯定的なものであるかは誰にも分からないわけですから),必要以上の恐れる必要はないと思います。生きている間は,思い残すことがないように人生を大いに楽しみながら真に人間らしく実り多い人生を送り,死が訪れた際には,この世の中に生まれてこれたことや,これまで生きてこれたことに対する感謝の気持ちを新たにしつつ静かに人生の幕を閉じればよいだけの話なのではないでしょうか。(2021年1月27日)(2)(5)(8)(9)(17)関連