実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 688】

「日本人は古来より,罪をおかす弱いもの,世間からはじかれて負けたものへ,共感して生きてきたのです。」(『作家と楽しむ古典 古事記 日本霊異記・発心集 竹取物語 宇治拾遺物語 百人一首池澤夏樹他,河出書房新社

 

○不平不満を募らせ,あるいは,失意失望の淵(ふち)に沈み,自分は不幸であると思い込んでいる人間は,自分より幸せそうに見える他者を妬みやすく(「隣の芝生は青い」とも言うように,総じて他者は自分より幸せそうに見えるものですが。),そのような他者の足を引っ張ろうとしたり,そのような他者をも不幸な状況に巻き込もうとしたりしがちです。例えば,そのような他者が失敗や過ちを犯した場合には,自分のことは棚に上げたまま,鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立て,正義を振りかざして不寛容に責め立てがちです。したがって,自分は不幸であると思い込んでいる人間が増えれば増えるほど,世の中は不寛容でとげとげしく殺伐とした暮らしにくいものになっていきます。そのような世の中で暮らしたくない,世の中をもっと寛容で和気藹々(わきあいあい)とした温かみや潤いのある暮らしやすいものにしたいと思うのであれば,自分は不幸であると思い込んでいる人間を,少しずつでも減らしていく必要があるのではないでしょうか。そのためにも,まずは,自分は不幸であると思い込んでいる人間が増えつつある原因を,しっかり見極める必要があるのではないでしょうか。(3)(17)(18)関連