実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることができるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

人生の真理に新しいも古いも,西も東もなく,人生の真理は全人類の共有財産である。

 時代を超え,国や文化の違いなどを超え,賢者と呼ばれる人たちが,ほぼ同じことを言っていることからも分かるように,人生の真理には,新しいも古いもなく,西も東もありません。また,改めて言うまでもなく,人生の真理は誰かの所有物でもありません。たとえ人生の真理を新たに発見したからといって,独占権や優先権などを主張すべきではなく,できる限り多くの他者と分かち合い,全人類の共有財産にすることをこそ目指すべきであると思います(なお,新たに発見したとされる真理が,実際には遠い昔にすでに誰かによって発見されていたということは,よくある話です。)。もちろん,全人類の共有財産であるとは言っても,「猫に小判」,「豚に真珠」,「馬の耳に念仏」,「犬に論語」などと言ったように「宝の持ち腐れ」になってしまっては意味がありませんので,「宝」を実生活において役立てられるようになるためにも,まずは,真理を真理であると見抜き,見分けられるだけの眼力(見識)を養う必要があるわけですが。