実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることができるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 970】

「賢い人が心配ごとについて考えるのは,考えることが何かの役に立つ場合に限られる。(ラッセル)」(『60代からの幸福をつかむ極意』,齋藤孝中央公論新社

 

○私たちは,物事がうまくいかないと,それをすぐに他者や社会,あるいは,境遇や運命のせいにしがちですが,他者や社会をいくら恨んだり,責め立てたりしたところで,恵まれない境遇や不運をいくら呪い,嘆き悲しんだところで,事態が好転することはありません(むしろ,他罰的な傾向や不遇感・被害感ばかりを強めてしまい,事態はさらに悪化してしまうことが多いのではないでしょうか。)。人生は本来ままならないものですし,他者や社会や境遇や運命を自分の思い通りにすることなど,絶対にできないからです。恨み言や泣き言を言ってる暇があるなら,私たちは,自分にできること(自分の意志や努力によって可能なこと)一つ一つに全力で取り組むことで事態の好転を図ろうとべきなのではないでしょうか。もちろん,自分にできること一つ一つに全力で取り組んだからと言って,事態が必ず好転するとは限りません。しかし,事態を好転させることができなかったとしても,恨み言や泣き言を言っているだけで何ら希望の持てない人生より,自分の意志や努力によって何とか希望を見いだし,希望をつないでいこうとする人生の方が,よほど意味のある建設的な人生と言えるのではないでしょうか。(15)関連