実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることができるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

失敗が学びの機会になるのは,自分の自由意志に基づいて失敗した場合に限られる。

 大人は,子供たちを自分の思い通りに支配・管理しようとしがちですが,たとえ相手が誰であったとしても,他者を自分の思い通りに支配・管理することなど絶対にできませんし,他者を自分の思い通りに支配・管理しようとすれば,大きな反発や抵抗を招くだけです。また,子供たちには,失敗する権利,すなわち,自分の失敗から様々なことを学ぶ権利がありますが,失敗から様々なことを学べるのは,その失敗が自分の自由意志に基づいたなされた行動の結果である場合に限られます。他者から強制された行動によって失敗したところで,それを自分の失敗と受け止めることはできないでしょうし,素直に反省することは難しく,したがって,十分な学びの機会にはなり得ませんし,自分の考え方や生き方を変えたり,自分を人間的に成長(成熟)・向上させたりする契機にもなり得ません。集団行動に基づく失敗も,たとえその集団に自分が所属していたとしても,必ずしも自分の意志に基づく行動であるとは限らず,また,責任の所在があいまいであるため,それを自分の失敗と受け止めることは難しく,十分な学びの機会にすることは困難なのではないでしょうか。