実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 自戒の念を込め,どのようにすれば真に人間らしく(自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な),生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送れるのかということについて,あるいは,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であるということについて,様々な名言などをヒントにしつつ(それらに含まれている人生の真理を私なりに理解しつつ),できる限り分かりやすく筋道立てて説明していきたいと思います。皆様が実り多い幸せな人生を送る上において,多少なりともお役に立てれば幸いです。               皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 932】

「資本と人口の変動がなくなったからといって,人間の進歩が止まるわけではない。人が暮らしを立てる術に心を奪われることがなくなったとき,あらゆる種類の精神的文化や,道徳と社会の進歩の余地は,以前と変わらぬほど存在する。また,生きる術を改善する余地も十分にあり,改善がなされる見込みはさらに大きい。(ジョン・スチュアート・ミル)」,「後世の人々が,変動のない状況を必要に迫られて受け容れるのではなく,納得して受け容れることを切に願う(ジョン・スチュアート・ミル)」(『オリジン・ストーリー』,デヴィッド・クリスチャン,柴田裕之訳,筑摩書房

 

○人間の欲望には限りがありませんので,欲張り続ける限り,たとえどれだけ多くの物やお金を手に入れたとしても,私たちの心が満ち足りるということはありません。常に不満を抱えながら,死ぬ瞬間まで,より多くの物やお金を必死になって追い求め続けることになってしまいます。場合によっては,不満を募らせるがままに自分は不幸であるなどと思い込むようにさえなってしまいます。ここまで社会が発展し,生活水準が向上したのは,私たちが欲張り続けた結果とも言え,欲張り続けた甲斐(かい)があったというものですが,生きていくのに最低限必要な物やお金をほとんどの人間が確保できるような状況になったわけですから(少なくとも日本においては),私たちはそろそろ,必要以上に欲張ることをやめ,足るを知るということを学ぶ必要があるのではないでしょうか。足るを知り(自分の意志で自分の欲望にブレーキを掛けられるようになり),自分が持っている物やお金だけで満足できるようになるなら,より多くの物やお金を必死になって追い求める必要もなくなり,自分は不幸であるなどと思い込むようになってしまうこともなくなるはずです。満足してしまえば,そこで人間的な成長や向上は止まってしまい,社会の発展や生活水準の向上もストップしてしまう,と考える人もいるようですが,人間的な成長や社会の発展の原動力は,不満のみとは限りません(不満を原動力にした人間的な成長や社会の発展には,どこか病的で不健全なものが感じられることが多いものです。)。実際,常に満ち足りた気持ちで幸せな人生を送りながら,謙虚さや向上心を失うことなく,何歳になっても健全な形で人間的に成長し続け,社会の発展に貢献し続けている人はいくらでもいるのではないでしょうか。(4)(6)(14)(20)関連