実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 915】

「死なないことは,人間にとって呪いといえよう。(エピクテトス)」(『世界ことわざ名言辞典』,モーリス・マルー編,田辺貞之助監修,島津智編訳,講談社

 

○何事にも一長一短があります。一般的には否定的に捉えられがちな死にさえ,肯定的な側面はあります。実際,もし人間が不死身であったとしたら,地球は人間で溢(あふ)れ返ってしまいますし,そもそも,死があるからこそ生きる喜びがあり,生きる喜びやあるからこそ私たちは,ただ生きているということにさえ,感謝したり,幸せを感じたりすることができるのではないでしょうか。死がなければ生きる喜びは自然に薄れてしまい,生きていることそれ自体に幸せを感じること,すなわち,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送ることは難しくなってしまうのではないでしょうか。もっとも,本物の死を体験した人はいないのですから,死んでからのことは誰にも分からず,死を否定的なものとして捉えること自体が間違っている可能性も否定はできません。たった一度きりの人生に大きな悔いを残さないようにするためにも,人間は死すべき運命にある(人間はいつか必ず死ぬ)という事実を不必要に嘆き悲しむことにではなく,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を大いに楽しみ,細部に至るまで丁寧に味わい尽くすことにこそ,限りある大切な時間やエネルギーを使いたいものです。(前書き)(8)(9)関連