実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 907】

「多勢を恃(たの)んで一人を馬鹿にする勿れ。・・・かくの如き者は人間の糟(かす)なり。」(「愚見数則」(『学生諸君!』所収),夏目漱石,光文社)

 

○自分の人生に満足することができず,自分は不幸であると思い込んでいる人間は(自分が幸せであることに気づけない人間は),他者の幸せを妬みやすく,また,自分が不幸であることを他者のせいにしては他者を恨みやすく,同類と徒党を組んで,あるいは,同類と心理的に結託して,他者をも自分と同じような不幸な状況に巻き込もうとして他害的な行動(誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)したり,罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせたり,直接的な危害を加えたり,損害を与えたりといった)に出てしまいがちです。そして,結局は,自分をますます不幸な状況に追い込み,そこから抜け出せなくなってしまいます。しかし,そのような,他者の不幸を願い,喜ぶような有害無益な人生を送ることに,いったいどのような意味があるのでしょうか。そのような有害無益な人生ではなく,自分の幸せのみならず,他者の幸せをも願い,喜び,自分の幸せを他者と分かち合うような有益無害な人生を送るためにも,私たちは,自分が幸せであることに気づき,自分の人生に満足できるようになる必要があるのではないでしょうか。(3)(10)関連