実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 901】

「わたしはある日すっかり消えてしまう,と強く実感して初めて,命はかぎりなく尊い,という思いもこみあげてくる。まるで一枚のコインの裏と表だ。」(『ソフィーの世界』,ヨースタイン・ゴルデル池田香代子訳,NHK出版)

 

○何事にも一長一短(肯定的な側面と否定的な側面)があり,死という否定的に捉えられがちな現象にさえ肯定的な側面はあります。実際,もし人間が不死身であったら,地球は人間で溢(あふ)れ返ってしまいますし(あるいは,新たに人間が誕生する余地がなくなってしまいますし),そもそも,死があるからこそ生きる喜びがあるのであり,生きる喜びがあるからこそ私たちは,生きていることやこの世の中に生まれてきたことに感謝したり,幸せを感じたりすることができるのではないでしょうか。死という現象がなかったら,私たちは,生きていることそれ自体に喜びや幸せを感じることができなくなってしまいます。しかし,生きていることそれ自体に喜びや幸せを感じることができればこそ,私たちは,たとえどのような逆境にあろうとも,たとえどのような不運に見舞われようとも,生きている限りは幸せであり続けることができるのではないでしょうか。なお,死という現象を意識から遠ざけてしまうと,生きる喜びが自然に薄れ,生きていることやこの世の中に生まれてきたことに感謝したり,幸せを感じたりすることが難しくなってしまいます。生きていることそれ自体に喜びや幸せを感じ続けていられるようにするためにも,命は儚(はかない)いものであるという事実を常に念頭に置きながら,「生きてるだけで丸儲(まるもう)け」(さんま)という気持ちで生活するように心がけたいものです。(8)(9)関連