実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 897】

「諺は民衆の声,したがって神の声。(トレンチ)」(『世界ことわざ名言辞典』,モーリス・マルー編,田辺貞之助監修,島津智編訳,講談社

 

○少数の人を長期間騙(だま)し続けることや,多数の人を短期間騙すことはできても,多数の人を長期間騙し続けることはできない,と言います。これが真実であるとするなら,時の試練に耐えて生き残り,現在も多くの人たちが折に触れては口にする諺(ことわざ)には,人生の真理が多分に含まれているということになります。私たちは,日頃ほとんど馴染(なじ)みのない複雑難解なものを,意味もなく高級・高尚なものとして重んじがちであるのとは反対に,諺や常識のような,常に私たちの目の前に明示されている比較的単純で分かりやすいものを,低級・低俗なものとして軽んじがちですが,人生の真理というものは,本来単純明快なものなのではないでしょうか。人生の真理を体得し,実践することによって,真に人間らしく実り多い(自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な),生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送れるようになるためにも,真理を真理であると見抜き,見分けられるだけの眼力(見識)を養い,いま自分の目の前に明示されている真理を見過ごしてしまわないようにしたいものです。(前書き)(12)(14)(後書き)関連