実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 777】

「繁栄すなわち幸福と規定した原理的な過誤によって,多くの人々が自然を失い,不自然な生活をしなければならなくなった。」(『母の待つ里』,新潮社,浅田次郎

 

○社会が繁栄することによって,私たちの生活水準は向上します。しかし,社会が繁栄し,生活水準が向上すれば,私たちの幸福度(満足度)が必ず高まるというわけではありません。むしろ,豊かで安全で便利な社会で暮らせることを当たり前と思い,感謝する気持ちを忘れてしまえば,生活水準の向上に伴って私たちの欲望はますます肥大し,満足を得ることは,かえって難しくなってしまいます。そして,それでも何とか満足を得ようとし,さらなる社会の繁栄,さらなる生活水準の向上を必死になって求めた挙げ句,その他のこと(心の豊かさや自然環境など)を犠牲にするようにさえなってしまいます。私たちは,手遅れになる前に,ここらへんでいったん立ち止まり,私たちの幸福度を高めるためには,そして,持続可能な社会を実現するためにはどうすればいいのかということを,改めて真剣に考え直してみる必要があるのではないでしょうか。まずは,このような豊かで安全で便利な社会で暮らせることを当たり前と思うことなく,その有り難さに深く思いを致し,感謝する気持ちを思い起こすことで,自分の欲望の肥大化にブレーキを掛けられるようになりたいものです。(4)(6)(20)関連