実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 715】

「個人がどれほど不幸になっても,経済が成長するならいいじゃないかという倒錯から,日本人はいつ目覚めるのか。」(『内田樹の大市民講座』,内田樹朝日新聞出版)

 

○経済成長のおかげで,私たちは,人類史上最も豊かで安全で便利な社会で暮らすことができています。しかし,自分は幸せであると感じながら暮らしている人間の数は,経済成長に伴って本当に増えているのでしょうか。むしろ,近年に至っては,自分は不幸であると感じながら暮らしている人間の数ばかりが増えつつあるのではないでしょうか。もし,そうであるなら,これまでの延長線上に経済成長を追い求め続けることに,いったいどのような意味があるのでしょうか。経済成長の主たる原動力は私たちの欲望ですが,私たちはそろそろ,自分の欲望に自分の意志でブレーキを掛けられるようになる必要があるのではないでしょうか。私たちは,欲張り続ける限り,たとえどれだけ多くの物を持っていたとしても,自分の人生に満足することはありませんが,足るを知ることを学び,欲張り続けることさえやめれば,たとえ必要最小限の物しか持っていなかったとしても,自分の人生に満足することが可能になります。無反省に経済成長を追い求め続けるのではなく,ここでいったん立ち止まり,幸せとは何なのか,私たちはどのようにすれば幸せになれるのかということを改めて真剣に考え直し,誰もが幸せになれる社会の実現を目指して必要な軌道修正を図った上で,また新たに歩き始めればいいのではないでしょうか。(4)(6)(20)関連