実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 690】

「貧乏が楽しいものになったら,それはむろんもう貧乏ではない。所有の少ない人ではなく,渇望の多い人が,貧しいのです。(セネカ)」,「足ることを知らば貧といえども富と名づくべし 財ありとも欲多ければこれを貧と名づく(往生要集)」(『ローマの哲人 セネカの言葉』,中野孝次岩波書店

 

○経済的な豊かさと心の豊かさは,まったく別のことです。実際,たとえどれだけ多くの物を持っていようとも,欲が深く,それだけでは満足できないのなら,心は豊かになりようがありません。他方,たとえ必要最小限の物しか持っていなかったとしても,欲が少なく,それでだけでも満足できるのなら,心は自然に豊かになります。心豊かな人生を送りたいと願うのであれば,より多くの物を手に入れることにではなく,持っている物の多寡にかかわらず(たとえそれが必要最小限の物であったとしても),自分が持っている物(自分に与えられている物)だけで満足できるように自分の欲望の肥大化にブレーキを掛けられるようになることにこそ,関心を払い,力を注ぐべきなのではないでしょうか。質素でつましい生活も,その価値を得心できないまま他者に強制されれば,ただの貧しくて惨めな生活かも知れませんが,足るを知る人が,その価値を十分に納得した上で自分の自由意志で選択した場合には,きっと自分が持っている物の豊かさや,自分がそれらの物を持っていることの有り難さなどをかえって実感しやすい,心豊かで味わい深いシンプルライフになり得るはずです。(4)(6)(14)関連