実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 577】

「善意はとうとぶべきである,しかし過度に自己を犠牲にしての善意,それは〈中庸〉を失しており,かえって偽りに近づく」(『吉川幸次郎全集 5』,筑摩書房

 

○自分の幸せを犠牲にしてでも他者の幸せのために何かをしたいと言う人がいます。しかし,私たちは,自分を大切にできるからこそ他者を大切にできるのですから,自分を大切にできない人が他者を大切にできるとは思えません。一見自己犠牲的に見える行動の裏には,何らかの見返り(例えば,相手からの感謝や世間からの称賛など)を求める気持ちが隠されていることが多いですし,その自己犠牲的な行動が,たとえ何ら見返りを求めないものであったとしても,他者の幸せを犠牲にすることで幸せになれ人は,そのことを本当に心の底から喜べるでしょうか(なお,改めて言うまでもなく,子供を愛し,大切にすることは,親にとってはそれ自体が喜びであり,幸せなのですから,子供に対する親の無償の愛情は,自己犠牲的な行動には該当しません。子供の幸せは親の幸せでもあるわけですから,子供に対する親の無償の愛情は,自己犠牲的な行動には該当しません。)。そもそも,幸せに人数制限などなく,心の持ち方次第で誰でも幸せになれるわけですから,誰かが幸せになるために,他の誰かが自分の幸せを犠牲にする必要などまったくありません。(16)関連