実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を作っているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによって私たちの人生のすべてが決まってしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。実際,過去を変えることはできませんが,現在や未来なら,自分の意志や努力によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志や努力次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,どのような現在・未来を実現しようとするのか,どのような心構えや心がけで生きていくのかを決めるのは自分なのですから,自分の人生に責任を持つ覚悟や,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志がある限り,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。        皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!

【実り多い幸せな人生に関する名言等 552】

「釈迦は,死後のことは,死んでみなければ知ることはできないとし,生前に死後について考え語ることはできないし無駄だと説いた。」(『葬式は,要らない』,島田裕巳幻冬舎

 

○どのような物事にも必ず一長一短があります。例えば,死ぬことにさえ肯定的な側面はあると思います。実際,死があるからこそ生きる喜びがあり,生きる喜びがあるからこそ私たちは,自分が今ここでこうして生きていられることに感謝したり,生きていることやこの世の中に生まれてきたことに幸せを感じたりすることができるのではないでしょうか(そもそも,死後のことは誰にも分からないわけですから,死を否定的に捉えること自体が間違っている可能性も否定はできません。)。したがって,物事の否定的な側面にばかり目を向けて肯定的な側面に目を向けようとしないのは,物事の肯定的な側面にばかり目を向けて否定的な側面に目を向けようとしないのと同じく,余りにも偏った不公平な物の見方と言えます。物事の否定的な側面にばかり目を向けていたのでは,人生に生きる喜びや幸せを見いだすことは難しく,やがては自分の目の前にある幸せに気づくことさえできなくなってしまいます。人生に生きる喜びや幸せを無限に見いだし,生きていることそれ自体に幸せを感じられるようになるためにも,物事の否定的な側面だけではなく,物事の肯定的な側面にも広く目を向けられるようになりたいものです。(4)(5)(6)(9)関連