人生は,すなわち,この世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。私たちの土台を築いているのは過去の経験,さらに言えば遺伝であり,また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありませんが,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志があるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能であり,また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第で可能です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の力で切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!(小山大吉)

【実り多い幸せな人生に関する名言等 458】

「幸福なんて,そんなたいそうなもんじゃない。道の果てに燦然(さんぜん)と輝いてるもんじゃない。そこらへんに転がっているありふれたものだ。ありふれているからこそ,それは存在を主張しない。駆け抜ける者の目には映らない。/立ち止まって,愛(め)でる心を持つ者の前に穏やかにあらわれる。」(『幸福論 「しくじり」の哲学』,中田敦彦徳間書店

 

○幸せは,長年にわたって他者と競い合い続けた末にほんの一握りの勝者だけがやっと手に入れられるようなものではなく,その気になりさえすれば,いつでも誰もが手に入れられるものなのではないでしょうか。実際,心の目を曇らせさえしなければ,人生の至る所に幸せ(そのほとんどは,「小さな幸せ」,「ささやかな幸せ」などと呼ばれるものですが。)は転がっている,ということが分かるはずです。私たちは,人が羨むような社会的成功を手に入れなければ幸せにはなれないなどと教え込まれて鵜呑(うの)みにし,社会的成功に対する執着を生じさせて心の目を曇らせてしまったがゆえに,いま自分の目の前にある幸せにさえ気づけなくなってしまっているだけなのではないでしょうか。人生に隠されている(埋もれている)無限とも言える幸せに気づけるようになり,ひいては,生きていることそれ自体に幸せを感じられるようになるためにも,社会的成功を手に入れなければ幸せにはなれないなどという迷信から一日でも早く目を覚まし,曇りのない眼を取り戻したいものです。(2021年6月12日)(1)(4)(6)(8)(10)(20)関連