実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 426】

「学問のある馬鹿は,無知な馬鹿よりもっと馬鹿だ。(モリエール)」(『教養が滲み出る 極上の名言1300』,斎藤茂太監修,日本文芸社

 

○人間は,生半可な知識を得ると,何でも分かったつもりになってしまいがちです。そして,分かっていることなど本当は高が知れているのに,自分の知識をひけらかそうとしたり,何事にも口を差し挟もうとしたりしてしまいがちです。しかし,何でも分かったつもりになってしまっている人間は,自分が無知であることを自覚しての真摯に学ぶ姿勢を維持することが難しく,結局は,それ以上成長(成熟)・向上することができないまま,自惚(うぬぼ)れや独り善がりな傾向ばかりを強める結果になってしまいます。分かることが増えてくればくるほど分からないことも増えてくる,そして,それに伴って,発言は控えめになり,慎重になっていく,というのが真の学問(学び)の有り様(よう)なのではないでしょうか。何歳になっても自分を人間的に成長・向上させ続けるためにも,生半可な知識を得て何でも分かったつもりになってしまわないように,自分が無知であることの自覚を失わないようにしたいものです。(2021年5月10日)(12)関連