実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 400】

「幸福というのはむろん人それぞれの考え方,受け止め方である。/自分以外の誰かが自分の幸福を認定してくれるわけではなく,自分自身が自分は幸福だと認定すれば,それでもう自分の幸福は成就するのだ。/・・・要は,自分は幸福だと感じ続けられていればそれでいいのだ。」(『君がいないと小説は書けない』,白石一文,新潮社)

 

○幸せ(幸せであること)に,客観的な基準(この基準を満たせば必ず幸せになれるというような基準)など存在しません。どのような境遇にあろうとも,本人が自分は幸せであると感じているのなら,その人は幸せなのですから(本人が自分は不幸であると感じているのなら,その人は不幸なのですから。)。だからこそ,客観的には同じような境遇にありながら,幸せな人(自分は幸せであると感じている人)もいれば,不幸な人(自分は不幸であると感じている人)もいるというようなことも生じます。要するに,人間の幸不幸は,どのような境遇に身を置くかによって決まるのではなく,自分の境遇をどのように受け止めるかによって決まるということです。したがって,幸せな人生を送りたいと本気で願うのであれば,恵まれた境遇を手に入れることにではなく(自分の努力によってできることには大きな限界があります。),どのような境遇に身を置いても幸せを感じていられるように,幸せに対する感度を高める方向に自分の考え方や心の持ち方を改めることにこそ関心を払い,力を注ぐべきなのではないでしょうか。(2021年4月10日)(1)(7)関連