実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 378】

「害を与えるくらいなら,何もしないほうがいい。この世の有益な仕事の半分は,有害な仕事と闘うことから成り立っている。」(『ラッセル 幸福論』,安藤貞雄訳,岩波書店

 

○不平不満を募らせ,あるいは,失意失望の淵(ふち)に沈み,自分は不幸であると思い込んでいる人間は,ささいなことで自暴自棄になっては道を踏み外してしまいがちであり,また,他者を妬んだり恨んだりしては,他者の足を引っ張ろうとしたり他者をも不幸な状況に巻き込もうとしたりしてしまいがちです。しかし,そのような有害無益な人生を送ることに,いったいどのような意味があるのでしょうか。この世の中で生きることのできるチャンスはたった一度きりであり,また,私たちは他者の支えや助けがなければ生きていけないのですから,道を踏み外すことなく,他者と仲良く助け合い,幸せを分かち合うような有益無害な人生をこそ送りたいものです。少なくとも「己の欲せざるところは人に施す勿(なか)れ」という心構えや心がけで,できる限り他者に害を与えたり迷惑を掛けたりしないような人生をこそ送りたいものです。そのような有益無害な人生を送るためにも,私たちは幸せである必要があるのではないでしょうか。幸せであることは,有益無害な人生を送ることを願う真っ当な社会人にとっての義務であるとさえ言えるのではないでしょうか。(2021年3月17日)(3)(10)(11)関連