実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 373】

「神と悪魔が闘っている。そして,その戦場こそは人間の心なのだ。(ドストエフスキー)」(『教養が滲み出る 極上の名言1300』,斎藤茂太監修,日本文芸社

 

○私たちの心の中には善人(長所や美点や強みなどの肯定的な側面)と悪人(短所や欠点や弱みなどの否定的な側面)が同居しています。例外はありません。この世の中に,完全な善人,完全な悪人などいません。さらに言うなら,生まれつきの善人,生まれつきの悪人などもいません。どんな善人の中にも悪人は住んでいますし,どんな悪人の中にも善人は住んでいます。善人の真似(まね)をして,善人として振る舞い続ければ,その人は善人と呼ばれ,悪人の真似をして,悪人として振る舞い続ければ,その人は悪人と呼ばれる,というだけのことです。悪人ばかりの世の中で暮らしたくない,この世の中で善人として暮らしたいと願うのであれば,私たちは自分や他者の心の中に住む善人にこそ目を向け,その善人を呼び覚まし,勇気づけ,応援し続ける必要があるのではないでしょうか。なお,私たちは,特に他者が失敗や過ちを犯した際には,自分のことは棚に上げたまま,その他者を不寛容に批判し,厳しく責め立ててしまいがちですが(その他者の心の中に住む悪人にばかり目を向けてしまいがちですが),人間が犯す失敗や過ちは,誰もが犯す可能性のあるものばかりです。たとえ他者に非があったとしても,「罪を憎んで人を憎まず」という精神で,その他者に対しては,できる限り寛容に(その他者の心の中に住む善人を信じて粘り強く),同じ人間としてできる限り共感的に向き合えるようになりたいものです。不寛容に批判し,厳しく責め立てるだけでは,その人の心の中に住む善人を呼び覚ますことは難しいと思うからです。(2021年3月10日)(3)(17)関連