実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言等 246】

「はげしい意見はつねに間違っている。(ドライデン)」(『座右の銘』,「座右の銘」研究会編,里文出版)

 

○激しい意見は声高に表明されがちですが,意見内容が正しく健全で,多くの人に賛同してもらえる自信があるなら,わざわざ声高に表明する必要などないのではないでしょうか。多くの人に賛同してもらえる自信が持てないからこそ,激しい意見はことさら声高に表明されがちなのではないでしょうか。声高に表明される意見は注目を集めがちですし,その表明者が大きな影響力を有する人間である場合には,一時的には多数の賛同者を得ることもあるでしょうが(もちろん,一時的になら多数の人間をだますことができても,長い期間にわたって多数の人間をだまし続けることはできません。),大切なのはやはり,意見内容の正しさや健全さです。そもそも,激しい意見は,その激しさの分だけ偏っており,バランスを欠いている可能性が高いわけですから,激しい意見が声高に表明された際には,その声の大きさや,その意見を表明する人間の影響力の大きさなどに惑わされることなく,意見内容の正しさや健全さをこそ十分に吟味したいものです。(2020年10月22日)(14)(17)関連